トレドの大聖堂

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追想のトレド大聖堂

 最近何か面白いことをする機会に恵まれんなーと思いつつ、デイリーポータルZを閲覧したり、またしてもオーディオ製品の修理・改造動画を見たりしている。オッサンになったせいか、若い頃の友や訪れた場所に似た人だとか光景だとかを夢に見ることが多い。若き日の、思い出遠くなりにけり。で、ついでながら若い頃に旅した場所の話を書き記そう。

トレド大聖堂

 初めて海外に赴いたのは二十歳の春だ。行先はスペインで、初海外旅行にもかかわらず一人旅だった。HISで往復の格安航空券だけ購入し、宿泊先すら定めずに日本を出立した。あ、スペイン語の知識はほぼ皆無ね。お前何言ってるんだという無計画極まりない旅だったけれど、当時は若さゆえの怖いもの知らずだったから、書店で立ち読みした『地球の歩き方』の情報を鵜呑みにして、何とかなるでしょと思いながら成田を飛び立ったのだった。

 スペインに行ったのは、ゴシック様式の大聖堂を見たかったから。何で大聖堂が見たくなったのかは今もって皆目見当がつかない。少女革命ウテナを見たのは帰国後だしなぁ。ただ、ゴシックの大聖堂にしても、どうしてフランス、ベルギーやドイツのではなく、スペインの大聖堂を見たかったのかという理由は答えられる。ゴシック様式に加え、いわゆるアラベスクも見られて、日本からのアクセスが比較的容易だったのはスペインだからだ。

 旅の一番の目的地はセビーリャとコルドバだった。しかし、どういう風の吹き回しか、スペイン到着の翌日、マドリード発の長距離バスに乗ってトレドに向かっていた。多分、日帰りで行けて、歴史的建造物が見られると考えたせいじゃないかな。ついでながら、事前にトレドの情報をほとんど入手していなかったから、その時はアルカサルを訪れなかったし、エルグレコ作《オルガス伯の埋葬》も見ていない。

大聖堂はすごかった(小並感)

 おぼろげな記憶では、タホ川に架かる橋を渡って、坂道をてくてく歩いた……はずだ。プエルタデルソル(太陽の門)の近くを通り、しばらく進んでから大聖堂近くに至り、せっかくだから見ていこうと大聖堂の内部に入った……んじゃないかな。確か。

 大聖堂の内部はとても広々としていた。ていうか、天井がスゲー高かった。後に読んだ本によると、ゴシック様式の聖堂は、訪れた者に光と高さと軽やかさ、すなわち天国を想起させんがために造られたものらしい。で、こちらは訪問早々にそれを感じたという訳だ。しばらくあちこちを眺めながら歩を進め、やがて主祭壇に至った。

 圧倒されたね、そのすさまじさに。大きさもさるものながら、祭壇を端から端までびっしりと埋め尽くす彫刻群が底知れぬ力でこちらに迫ってくるかのようだった。天に宝を積まんとて、いにしえ人が魂を傾けしこの清い場に、畏れ感じずおれようか。数日後に訪れたコルドバやセビーリャの大聖堂も、もちろん大迫力、偉容この上なしなんだけれど、常軌を逸した宗教的情熱という点でこの主祭壇は印象に残った。まあ、とにかく興奮した。

 ついでながらの長等山、無知の悲しさ、せっかくトレド大聖堂へ足を運んだのに、同大聖堂聖具室に所蔵されているエルグレコの《聖衣剥奪》は生で見ていない。帰国後に知って、メッチャ後悔した。マドリードへの帰り道でたまたま同行した香港のOL二人組にお名前や連絡先を聞かなかったことを悔やんだのと同じくらいに。

 

 

 

 

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