半ば絶望し

山月記書物
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※2020年8月の記事再録

山月記とイケてない俺

 避けてきたわけではない。たまたま書く機会を逸していただけだ。けれども、心のどこかでは、正面から向き合うことを恐れていたのかもしれない。何の話かと問われれば、中島敦の『山月記』だと答える。

 多くの人は高校生の時分に教科書で目にしたはずだ。案ずるなかれ、今でも高校教科書の現代文に掲載されている。最初のページで、あまりにも多い漢字の羅列にうんざりした者は星の数ほどいるだろう。

 小学5年生の時だ。初めて読んだのは。中学生になっても、高校生になっても、ふとした折に読んだ。何となくではあるけれど、以前から嫌な予感はしていた。才気はあれど、性狷介にして臆病な自尊心と尊大な羞恥心の持ち主が、悲しくも過酷な運命に見舞われる話。

「これって、俺のことじゃね?」

事実、そうなった。いや、虎にはなってないけどさ。李徴と同様に、挫折と悲哀を味わった。

 この話で一番身につまされ、最近の言い回しにすれば「刺さる」点は、主人公の李徴が自分の才能に「半ば」絶望すると表現された箇所だ。未練がましいけれども、捨てられないのだ。己の才能と矜持を。碌々として瓦に伍することができないのだ。何を以て憂いを解かん、唯酒有るのみ。

 

 

 

 

 

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