いきなりフランソワ・ヴィヨン

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※2020年8月の記事再録

無頼の詩人フランソワ・ヴィヨン

 題名を見て、こいつ唐突に何を言い出すんだと感じた人は、至って健全だ。普通であれば、こんな題名でこんな書き出しなどしない。でもほら、金子みすゞの名言にもあるでしょ、あれだよあれ。

「みんな違ってみんないい」

ってさ。昨日、今日と続けざまにいいことがあった故、調子に乗ってブログを書く。文章は、書ける時に書くのがいい。

 フランソワ・ヴィヨンとは、十五世紀フランスの詩人だ。コキャール(貝殻団)と呼ばれる窃盗グループの一員でもあった。独立不羈にして放蕩無頼の徒。詳しくはググってほしい。ともあれ、二十代の頃にその詩を読んで、いたく感銘を受けたものだ。彼が生まれたのは、何でもジャンヌ・ダルクがルーアンで火刑に処され、はかなき煙と消えた年らしい。英仏百年戦争がフランスの勝利で幕を閉じる時期に、彼は育ち、大人になった。中世後期のフランスを知らなくても、生き生きとした詩心は読みごたえがある。詩は苦手という方には、山之口洋の『我はフランソワ』を紹介しておく。ヴィヨンのイメージをよく把握している小説だ。

 で、『大遺言集』だとか、『遺言詩集』だとか訳されるその作品の中に一編の詩がある。題名は「DE VILLON ET DE LA GROSSE MARGOT」という代物なり。昔、文○界の公募に出した小説の中で、どうしてもヴィヨンのその詩を引用したくて、岩波文庫の本と、当時静岡大学(?)で教鞭を執っておられた方のホームページを参照しつつ、仏和辞典を片手に見も知らないフランス語をがんばって訳した。ここでこんなおふざけを書いているくらいだから、もちろん落選した。っていうか、一次審査すら通らなかったーみたいなー(平成時代古語。現代語訳すると、遺憾ながらそもそも一次審査すら通らないという惨憺たる結末だった、の意味か)。このフランス語を今めかしく訳すとしたら、さしずめ、ヴィヨンと(本人の言い分としては、おそらく「ちょい」を付けた)ぽちゃ体型のマルゴー、といったところが妥当だろうか。

 何を言いたいかというと、女性がまたがるのは、何も乗り物だけじゃないということだ。再び、何を言ってるんだと思った人へ。あなたは健全だ。

 

 

 

 

 

 

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