和歌の解釈・歌の詠み方

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分かる分からぬ和歌の内容

 現代の日本人にとって、文芸に親しむ方や旧家の出でもない限り、和歌(古風な言い方をすれば歌だとかやまと歌だとか)なんてのは縁遠い存在だろう。時の流れは絶えずして、常なるものは無かりけり、だ。一方で、訳の分からぬその三十一文字(みそひともじ)に、頭悩ます受験生もいる。かつは、

「和歌は心を詠んだもの? 何言ってだコイツ(平成令和のネット用語)。意味フ」

となっている人のため、かつは未来の歌詠みのため、ちょいとばっかりたわ言を、書いておこうと考えた。

 紀貫之だ、藤原定家だといった有名な歌人の言葉を引用するまでもなく、和歌は心に感じたこと、すなわち感情なり感動なりを文字にしたものだ。それがどんな場面、どのような状況でなのかという情報も和歌に記されている。当世風にたとえよう。インスタグラムと同じもの。ほら、インスタって、何かいいものがあったからアップする訳でしょ。風景や動植物、はたまた映える食事の一コマに「いいね」という感情を抱いた誰かが、それを画像や動画にし、コメントも付けてアップする。和歌だって一緒。つまり、詠み手の感情や考えの部分と、和歌を詠んだ時の状況に分けて解釈すればいい。もしも題がはっきりしていたり、和歌を詠んだ時の状況が明確な場合なら、その感情だとか考えだとかだけが書いてあると判断する。で、インスタ映えと同じく、昔の人は和歌の映えにあれこれ心を砕いた。いわゆる修辞法だね。匂わせ、縦読み、加工と同様、和歌を少しでも「いいね」してもらうべく、色んな小細工もした。

共通テストを題材に、和歌の解釈つかまつる

 以前、別の記事で共通テストについてうだうだ書いたことがあったから、せっかくなのでそこに出てきた和歌を使って説明しよう。

 

 

 前提として、奥さんを亡くした人への和歌と、それに対する返事の和歌というのを押さえておこう。文章内にそう書かれている。え? 読んだけれど分からん? まず、古典文法から学習しようか。とある人が、奥さん亡くした人に和歌を送りつけた。あ、分かりやすくするために、一部を漢字に直しておくね。

 悲しきをかつは思ひも慰めよ 誰も遂には留まるべき世か

ここで言う「悲しき」は、奥さんを亡くした悲しみのことだ。それから「を」は現代語と違う「を」で、順接または逆説の接続助詞の「を」になる。従って、悲しいけれど少しばかり(その悲しい気持ちを自分でも)慰めなさい」という考えを伝えてる。末(下の句)の部分は「誰も最後まで留まれる世の中? そうじゃないyo、誰もが最後には死ぬし」という意味。

 で、この和歌を受け取った人、返事の和歌をこう書いている。

 慰むる方しなければ 世の中の常なきことも知られざりけり

古語の「方」には手段や方法という意味がある。この「慰むる方しなければ」は「(悲しみを)慰める方法がないので」と現代語訳しておこう。途中にある「し」は絵文字みてーなもんだから訳さなくていい。その後の部分は「世の中が常のないもの(人はいつか死ぬという現実)だということ知るのってムリ!」なんて内容になっている。

 共通テストの問いには、これらの和歌内容とは関連しない単語の部分で正誤を判別する正答があったりするものの、一方では和歌の内容に則した正答もあるから、和歌が解釈ができるといいことがあると言える訳だ。

じゃあ、和歌ってどう詠むの?

 ここからは和歌の詠み方について語ろう。とはいえ、何かご大層な話をするつもりなどない。つーか、できんし。ちょっとした助言みたいなものと考えてくださいな。

 和歌の詠み方とは「句読点を意識する」ことだ。前述の感情、感動なり考えなりと、その場面や状況とをはっきり区別するため、文章だったらここに句点(要するに 。のこと)が来るな、と思って詠めばいい。それで、読む側が理解するだけでなく、詠む側(作者)も何に心動かされたのか自覚できるようになる。細かな技法だ、言葉遣いだ、なんてものは追々学んでいけばいい。あ、句点が最後に来る場合は「句切れなし」だから、心配ご無用。

 先ほどたとえに出したインスタで表現すると、画像や動画が感情、感動、考えに相当する。だから、まずはそいつを三十一文字のどこかに当てはめる。それから、場面や状況を説明するコメントと同じ働きをする言葉たちによって、残った文字数を埋める。完成だ。まあ、時にはスマホや動画に向き合うのと同じノリで、一首案じてみるのも一興じゃないかな。宮中の歌会始で己が歌の詠まれるのを目指すもまたよし。

 盃を傾けながら聞く雨に心おだやか 皐月の夕べ 

  

 

 

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