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馬場あき子の『式子内親王』を読む

 ふと思い立って始めた当ブログ、年が明ければ3年目を迎える。若い頃に立ち上げた奴は半年も続かなかったから、随分と気長になったもんだ。ま、人としての根っこの部分は変わってないんで、実感はないんだけれど。かつては、年を重ねりゃ余裕しゃくしゃく、危機に陥っても、

「みんなで幸せになろうよ」

と不敵な笑みを浮かべる自分を想像していた。それが思いきや、後藤隊長より年上になっても、まだ毎日がギリギリ綱渡りだもんな。転落することもしばしば。四角が丸くなろうとも、餅は変わらず餅のままなり。

 で、この度読み終えたのが馬場あき子著の『式子内親王』だ。面白かったよ。たしかに、平安時代終わりから鎌倉時代初期にかけての予備知識がないと読み進めるのに少しばかり骨が折れる。しかし、それを差し引いても興味深い内容だった。詠まれた和歌の背景と、和歌に込められた情感を、熱量たっぷりに解説する姿勢が気に入ったね。筆者の提示する式子内親王像、つまり時代の流れや運命に対して受け身の姿勢に見えながら、ながめ(物思い)に徹することで己を貫いた人、という考察も新鮮だった。

いわゆる陰キャ、けれどもエモい

 式子内親王については別の記事であれこれ書いているので、今回は『式子内親王』を読んで印象に残ったことを書き記そう。

 

 

『式子内親王』によると、式子内親王は親しい間柄の者を除けば、若い頃から人とあまり交わらない生活を送っていたらしい。(師匠筋の藤原俊成などを別にすると)当時著名だった歌人との間で和歌の贈答を活発にしていた訳でなく、訪問する人も稀な日々だったようだ。現代風に言えばインドアの陰キャ、というのが相応しい感じ。お父さんが陽キャの典型(偏見)みたいな後白河法皇だったから、面白い話だ。もちろん、当時の高貴な女性は外出など滅多にできないので、邸宅に籠っていて何ら不思議はない。それでも、パーリーピーポーなやんごとなき御方であれば色んな者が出入りし、一種のサロンを形成するのが珍しくない時代にあって世間と没交渉なのだから、人付き合いがあまり好きではなかったのだろう。歴代天皇の中で指折りの歌人である後鳥羽院が激賞した式子内親王のこと、さぞかし当時一流の歌人たちと交わっていたに違いないと勝手に思い込んでいたんで、これは意外だった。

 で、そんな受け身に見える式子内親王は、積極的な「ながめ(物思い)」によって自分の人生と向き合い、鬱屈とした感情を「内攻」させて歌を詠んだというのが『式子内親王』著者の意見であり、なかなか面白い視点だと感じる。普通、物思いにふけるというのは、自然発生的なものだ。能動的にする行為じゃない。敢えて物思いにふける生き方を選んだという解釈が、何とも新鮮だった。流されるままに身の不運を嘆くのでなく、流される身である覚悟を抱いて自ら物思いにふけり、身の不運と対峙する式子内親王像が魅力的とでも言おうか。今風に翻訳すると、学校や職場で冴えない女性が喪女である自分を強烈に意識しつつ休日は家に籠ってひたすら芸術に打ち込む、みたいな? 唐突に、わたモテの黒木智子が思い浮かんだ。いや、あの娘は芸術に打ち込んでる訳じゃないが。蛇足ながら、藤原定家や源家長といった同時代人が言及している話として、式子内親王の住まいは薫物の良い香りが漂う場所だったそうな。

 初版が随分と昔なので、式子内親王と法然の関係に対する考察はほとんどない。藤原俊成との交流についてももう少し言及されていればありがたかったのだが、という思いもある。しかし、歌人でもある著者の解説は和歌の要点を丁寧に説明していて読者に親切であるし、独自の見方が趣深い。式子内親王に対する熱意にも好感が持てる。読んでよかったと言える本だ。

 

 

 

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