惚れた男に捧げるまこと

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『讃岐典侍日記』を読む

 例によって寒い寒いと言いながら、家ではパーカーのフードを被って生活している。いつぞや記事にした羽毛布団の上に毛布を掛けて寝るスタイルは3年目に突入し、この冬から使い始めたブランケットは連日連夜の活躍だ。
 

 

 

 で、表題のとおり『讃岐典侍(さぬきのすけ)日記』を読んだ。著者である藤原長子は、堀河天皇とその子である鳥羽天皇に仕えた女性だ。現存する『讃岐典侍日記』は上巻で堀河天皇の崩御に至る経緯を書き記し、下巻で鳥羽天皇に伺候する日々を綴っている。失われた中巻があるとも言われているらしい。堀河天皇を失った悲しみを癒すために書いたものだと筆者が述べるだけあって、下巻に至っては亡き人の思い出話でいっぱいである。

 この頃になると天皇に近侍する女官がそのまま側妾となる場合もあったらしく、筆者は堀河天皇の愛した女性の一人だと見なされているそうだ。この説には大いに頷けるところがある。普通、天皇の位にあった人を敬愛して後世に伝えるなら、どれだけ人格高潔で素晴らしい為政者だったかという観点から書くでしょ。それなのに、この『讃岐典侍日記』に記された堀河天皇はプライベートでの様子が詳細な一方、天皇としてどうであったかという言及がほぼ無きに等しいんだから。特に注目したいのが、下巻の堀河天皇がわがままを言う箇所。急いで退出したい筆者に対して、夜が更けてから戻ってきた堀河天皇が、

「今は眠いから何もしない。明け方に(仕事を)しよう」

と言って寝転がって軽口をたたく場面など、どう見ても彼氏が勝手で困っちゃう的ノロケだ。う、羨ましくなんかないんだからね。まあ、オッサンの戯れ言はさておき、現代人からすると気になる「堀河天皇ってどんなキャラだったのか」がよく分かる内容で、当時の感覚からすれば特異な、くつろいだ場での天皇に焦点を当てたこういう描写に、読む者が男女の仲を思い浮かべたって不思議はないというものだろう。「末代の賢王」と呼ばれた人の意外な一面を垣間見ることができる。

 

 

で、そういうのを踏まえた上で読んでいくと、筆者が堀河天皇の墓所を訪れて詠んだ和歌が何とも胸を打つ。

いにしへを恋ふる涙の染むればや紅葉の色もことに見ゆらん
(堀河天皇と過ごした昔が恋しくて流す涙が染めるせいなのか。どうして紅葉の色が普通と違って濃く見えるのだろう)

たづね入る心のうちを知り顔にまねく尾花を見るぞ苦しき
(堀河天皇の墓所を訪ねるこの気持ちを知るかのように私を招く尾花を見ると、心が切なくて苦しい)

これらの和歌には、技巧の冴えだとか着想の非凡さだとかいう類なぞ全くない。真率な思いが述べられているだけだ。それ故にこそ、時代を距てても筆者の悲しみが伝わってくる。

まことを捧げる

 ともあれ、筆者が堀河天皇に「まこと」を捧げたのは間違いない。だって、堀河天皇が別の女性に産ませた鳥羽天皇に(白河院の命令とはいえ)仕えてるんだもん。表面的には自分の一存でどうにかなる話でないため出仕するという態だけど、愛した人の忘れ形見を母親のように世話するからこそ、筆者は宮中に戻ろうという気になったんじゃないかな。生母が出産時に亡くなっていて、この時点での鳥羽天皇は孤児だった。母親代わりが必要だった。愛があるからこそ、亡き人の遺した幼子を育てようと思ったんじゃないか。

 今回読んだ『讃岐典侍日記』は講談社学術文庫の版で、原文と口語訳が併記してあって嬉しい。口語訳の一部には疑問点無きにしも非ずなものの、読みやすかったと思う。解説も親切でいい。分量だってそんなにある訳じゃなし、構えずに読める本だ。以前の記事の繰り返しで、この『讃岐典侍日記』はドラマや映画の題材に向いてると思う。すげぇ女性受けしそうな気がする。

 

 

 

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