ウェル活終了と木蓮

(紫)木蓮よもやま話
よもやま話
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情報格差を味わう

 今月の半ば、普段いろいろな決済に使っているクレジットカードのポイントが一定の値を超えた。このポイントはTポイントへの変換が可能だった。そこで、以前と同様にTポイントへ変換し、20日はウエルシアで買い物しようと目論んだ。

 

 

ところがだ。件のクレジットカード会社のサイトを見ても、交換可能なポイントに、Tポイントがないんだよ。まさしく「ないんだな、それが」状態だ。嫌な予感がしたもんで、グーグル先生に質問してみりゃ案の定、先月末で交換可能なポイントから除外されていた。/(^o^)\ナンテコッタイ(←こいつ、なんてこったいで変換できるのね)。ウエルシアのヘビーユーザーでないから、Tポイントを貯める機会はそれほどない現状、我がウェル活に終止符の打たれる時がやってきた訳だ。物事には始まりと終わりがあるし、諸行無常は世の理だ。致し方なし。問題なのは、今月になるまで知らなかったことだよ。これが情報格差って奴か。いやはや、勉強になるね。

木蓮に気付く

 先日、荷物置き場と化している2階北側の部屋を掃除した。換気しようと窓を開けると、特徴的な紫色の花が目に入ってきた。

「あれ、(紫)木蓮じゃね?」

 

(紫)木蓮


掃除を終えてから外に出て、改めて確かめる。うん、木蓮だ。父親に訊ねると、家を建てた時、造園業者に依頼して植えたものらしい。この歳になってから気付くのも滑稽なんだけれど、別の見方をすれば、身の回りにある事物を「当たり前」と思っていたら何も分からなくて不思議じゃないということだ。ここから素人の戯言をあれこれ述べると、人間の脳は、情報処理の最適化のために「当たり前」だとか「有って/在って当然」だとかいう区分を設けているんではなかろうか。感覚器官を通じて受け取る情報全てに意識を向けるなんて不可能だから、ある一定の情報は「当たり前」や「有って/在って当然」と分類する。そうすることで、脳というか意識を効率よく使おうとするんじゃなかろうか。で、そうしたモノやコトに意識が向いた瞬間、何も分かっていなかったと実感する訳だ。オジサンになると、自分の年齢なんかがそうだね。ある時、自分の年齢に思い至って愕然とするんですわ。やれやれ。

 

 

 ところで、目にした花が木蓮だと何故分かったのかについて言及しておくと、下のサイトで見たことがあったからだ。このサイト、かなり長く運営されている。こちらが20代の頃にはもうあった。確か、八重桜について調べた際にたどり着いたかな。写真も多く、大変分かりやすい。個人的に気に入っている。

 

 

 

 

 

 

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