異世界転生ドストエフスキー

ドストエフスキー書物
書物
スポンサーリンク

これが予言というやつか

 相変わらず訳の分からない題から記事は始まる。一言断りを入れておくと、ヤバいものを食ったり吸ったりはしていない。暇になると訳の分からない発想、というか妄想が湧いてくるのは昔からで、知り合いに言わせれば「いつもの話」となるだろう。

 せっかくの休みなんで、昔読んだ本をパラパラと読み返した。いま手元にあるのはドストエフスキーの『地下室の手記』だ。若かった頃、なぜかドストエフスキーの作品を続けて読んだことがあり、懐かしい思いに浸りながらページをめくっている。何となくだったんで、『死の家の記録』と『白痴』と『悪霊』、それからこの『地下室の手記』は当時読んだのだけれど、どうしてなのか、『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』、それから『未成年』は読まなかった。ていうか未だに読んでいない。読みたいのはやまやまなんだけどね。ドストエフスキーの作品って、次の展開が気になるから他の時間を削ってでも読み進めたくなるものの、おっさんになると無理ができなくなるんでそうもいかんのよ。

 で、ここから『地下室の手記』と小見出しの関連について話すと、最近目にする機会の多い「アーリーリタイア」や「FIRE」って言葉を掲げたブログやらツイッターやらと、この『地下室の手記』の主人公の設定に重なり合う部分を感じるんだよね。まるで、ドストエフスキーが現代を予知していたみたいにさ。無論、アーリーリタイアやFIREなんて生き方は昔からあっただろうし、こじつけっちゃこじつけだ。第一、アーリーリタイアした方で『地下室の手記』の主人公みたいな思考の人、いねーだろ。ただ、どうにもドストエフスキーが描き出す物語って、19世紀という時代やロシアっていう枠に収まらない設定が多いように感じられるんだ。大学生の頃に途中まで読んだ『貧しき人々』でも、当時は、

「(会ったことのない人同士の)BBSでのやり取りみてーだな」

と感じた経験があったから。ちょいと脱線して若者向けに注釈を入れると、かつてインターネットの黎明期にはいろんなサイトにBBSと呼ばれる電子掲示板があった。現代の○○ちゃんねるだとかリプライ/リツイートみたいなものと考えてくれればいい。まあともあれ、時代や場所を超えて、現代に通じるような設定があったりするんで、ドストエフスキーに向かってお前予言者か? って言いたくなるんだ。

異世界転生もの

 せっかくなんで、『地下室の手記』の大雑把な内容紹介をしておこう。これは、自意識過剰でやたらめったら社会と人間とに毒舌を振るい、ついでとばかり自虐ネタを書き連ねる退職した中年の役人が、自虐に因んでかつて傷つけた女性の話を書き留めた手記、という体裁の物語だ。ご丁寧に、主人公はもうこんな話を書くのはやめようと宣言した後も手記を書き記したと作者が解説を入れて、話が終わっている。

 先ほど書いた「アーリーリタイア」や「FIRE」って言葉を掲げたブログやらツイッターやらと『地下室の手記』の主人公は、何らかの資産がある(または手に入った)んで、社会との一般的な繋がりを絶って孤独に生きているという点で似ている。もちろん、こんなのは表層的で底の浅い見方だろう。しかし、2020年代に生きる者にとって、この主人公の設定に不自然さが感じられないのもまた事実だ。そりゃ、人間というか社会になじめない人が資産を手にしたら、仕事なんぞ辞めるわな。100年以上昔の、それも外国が舞台の小説で、注釈なしに物語の設定を理解できるってのが驚きだ。

 いろんな意見があることは一先ず措いて、今の日本に異世界転生ものと呼ばれる作品が流行している。その中で、歴史上の人物が現代に転生するってやつがある。もしもドストエフスキーが、そのような物語の登場人物みたいに現代へ転生したら、どんな反応を示すだろうか? 自分の物語に出てくる設定に似た物事を目の当たりにしたら、なんて言うだろうか? 正気の沙汰じゃないと怒るかもしれないし、やはりそうなったかと納得するかもしれない。あるいは、人間は今も昔も変わらないっていう確信を抱くか。想像するだに面白い。

 

 

 

 

にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
にほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました