フランソワ・ヴィヨンに関する話

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せっかくタグを用意したのだから

 本当に、ごく稀に、グーグル検索で「フランソワ・ヴィヨン」と打ち込んだ方の画面に当ブログが表示されているらしい。クリックはされていないけれど。どんなワードで我がブログが検索されているかを調べると、そういうことになる。で、タグを設定したのにヴィヨン関連の記事が1つだけという現状もどうかと思い、今日はヴィヨンに関した話を書く次第だ。とはいえ、備忘録的な記事なんで面白みはないと予めお断りしておく。

小説と音楽、それから評論

 最初に触れるのは、以前の記事でも少しばかり言及した『われはフランソワ』だ。作者は山之口洋。

 

 

 

この人、作家であると同時にIT技術者でもあるんだって。スゲエ。読んだのがずいぶん昔だから細かい内容はかなり忘れちゃったんだけど、結構楽しかった記憶がある。終盤部分の『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』を盗みに行く部分だけ違和感がちょいとばかりあったけれど、人の好みは様々なれば、これはいわゆる個人の感想ですって奴かな。作品内で描かれるヴィヨン像に不満はなかった。ヴィヨンやその生きた時代についてのイメージを掴みたい方に一読をお薦めする。

 お次は音楽家ドビュッシーの作品《フランソワ・ヴィヨンの3つのバラード》で、恥ずかしながら数年前までその存在を知らなかった。歌曲? って言えばいいのかな。3つのバラードは、全てヴィヨンの『遺言詩集』(というか大遺言書あるいは第2遺言書)の中に書かれているものだ。そんなに長くない作品なんで、気楽に聴ける。んで、その中の「恋人へのバラード」(とでも訳すのかな)は、かつての恋人に対する嫌悪侮蔑の感情を詠み込んだものらしい。当該バラードの前節において、脚韻がRで終わるバラードだと説明されている。どうも、当時Rって音は軋みや犬の吠え声を表すと考えられていたようで、嫌厭や邪念を象徴するんだそうだ(鈴木信太郎訳『ヴィヨン全詩集』より引用)。ていうか、その前節で、ヴィヨンは知り合いをダシにして、かつての恋人をbitch呼ばわりしている。色々あったんだろうね。引用ついでに、「恋人へのバラード」は最初の8行の冒頭のアルファベットをつなげるとフランソワになるという。

 最後に評論なんだけど、これはオシップ・マンデリシュタームという詩人の書いたものになる。マンデリシュタームはスターリンを批判する詩を書いて収容所送りになり、そこで死んだ(殺された?)ソ連の詩人だそうだ。訳のせいか、自分の知性の足りなさ故か、何を言いたいのかさっぱり分からんかった。ただ、ヴィヨンが詩と現実の生を結び付けた点で革新的であり、己を客観視しつつ不道徳な魂を歌った点で魅力的だという思いは伝わった。

 読む人にとって有益な情報があるかどうかは分からないけれども、この記事が、ヴィヨンについて上記のどれかだけ知っていて、他は知らなかったという方の知見を広める役に立つならば幸いだ。

 蛇足。ビュリダンのロバっていう譬え話に出てくるビュリダンさん、ヴィヨンの詩にその名が出てくる。「昔の美女の歌」(とでも訳すのだろうか)で、袋詰めにされてセーヌ川に投げ込まれている。どうも、当時は有名な話だったらしい。

 

 

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