行列と計画経済の挫折

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※2020年3月記事再録

計画経済の失敗

 如月の、つごもり方に会社から、マスク着用義務付けられて、たぶんに漏れずマスク難民。べべんべん。不便不都合数知れず、誠に気苦労絶えぬなり。

 そんな訳で24時間営業ドラッグストアの、穴場というべき時間帯にマスクを探す日々が続いた。会社近くにあるそのドラッグストア、配送トラックのやってくる時間がこちらの帰宅時間に近い。帰り道にあわよくば、という目論見である。

 店に入ると、行列ができている。行列の先頭にいる人がなぜかいつも同じ人で、不思議に思いながらとりあえず並ぶ。マスクが手に入るかどうか分からないし、何の行列かが明示されているわけでもないけれど、とにかく並ぶ。ひたすら並ぶ。六根清浄と念じながら並ぶ。そして、平静を装ってスマホをいじりながら、心中ひそかに思うわけだ。
(ソビエトの庶民はこんな生活をしていたんだねー)
しばらくすると店員がやってきて、

「今日は入荷ありません」
「消毒液はひと家族お一つでお願いします」

それから時々、

「マスクはひと家族お一つで――」

と我々に告げる。

 ここ数日で収まってきたものの、トイレットペーパーとティッシュの品切れには本当に参った。マスクと違って、在庫はメーカーに十分あるけれど、店頭には並んでいない。物流の許容量を超える需要が発生したからだ。そんな光景を見るにつけ、さっきのソビエトの連想から、新たなよしなしごとが浮かぶのである。
(……計画経済の挫折って、物流の失敗が原因だろうな)

社会主義はなぜ失敗したのか

 社会主義陣営が敗北する形で冷戦は終わった。なぜかという問いに対する答えは、ローマ帝国が滅亡した原因についての考察数(註:すごくいっぱいという意味)と比べれば少ないだろうけれど、それでも数多くあるとは思う。で、ここしばらくのトイレットペーパー騒ぎを目の当たりにすると、どうしたって物流の貧弱さもその一因に想定したくなる。

 社会主義は計画経済だった。国家が大小全ての経済を決定した。物流は現代社会に欠かせない部門である。しかし、運ぶべきものがなければ途端に存在意義を失う。もの作りが先で、輸送が後だ。すると、計画経済の下では、人員や資源は生産部門に優先して回され、余りが物流に割り当てられることになろう。何だか生乳とバターの関係みたいだな。で、万事うまくいったという、夢物語のような仮定の上ではあるが、工場や農場に生産物が積み上がるとしよう。しかし、運べる量には限りがある。結果として、物不足による経済停滞という流れだ。まして、国歌の計画が間違っていたら、運ぶものがないだけでなく、運ぶための人も輸送機器も燃料もないことが原因の物不足になる。

 統制経済だの、計画経済だの、多種多様な要素が絡まったものをコントロールしようという発想は、頭の中にだけ留めて実行しない方がいいんだろう、多分。

 

 

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