酔っぱらい伝説

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※2020年4月の記事再録 2021年3月加筆

酔っぱらいに訪れた奇蹟と死

 相も変わらずだらだらと、死にたくないから生きている。誰が見るでもないこのブログ、花よりほかに知る人ぞなき。しかはあれども世に向けて、よしなしごとをうそぶくならば、己の良しと思わんものを載せてみようか春四月。

 題名にあるとおり、酔っぱらいの話だ。昔読んだのは白水社版のもので、二十年近く座右にある。作者はヨーゼフ・ロートという。ともあれ、正真正銘のファンタジーで、現実には起きっこない奇蹟と主人公アンドレスの死に様が印象深い。読後に抱く感情は、若いころ見た『ライフ・イズ・ビューティフル』という海外映画のラストシーンで味わった思いに何となく似ている。あり得ないのは分かっているけれど、こんなおとぎ話ならば信じてもいい。

 加えて、聖人が小さなテレーズというのも上手く物語に調和している。偉大な奇蹟ではなく、小さい純真な信仰を実践して夭折した聖女。酒をたしなむ人で、かつ本を読むのがお好きな方にはお勧めしたい。年を重ねたせいか、酒を飲みながら読んでいると最後の場面で涙が出てくる。

以下、加筆分。
 せっかくなので、なぜ今までこの物語を忘れずにいたのか、考えてみることにしよう。もし興味の湧いた方がいらっしゃるなら、ご一読を。

 記憶に残るということは、何か強い印象を受けたに違いない。されどこの物語、大きな事件など起きないし、劇的な展開が見られる訳でもない。かなり淡々と、主人公の死に至るまでの日々が語られる。あらすじを述べれば、中年浮浪者のアンドレスが、いくつもの幸運に恵まれた後に酒場で倒れて幸福な死を迎えた、というものだ。確かに、奇蹟はあり得ない幸運の連続だろう。それでも、超現実的な類の出来事ではない。で、思いを巡らせる。すると、ふと気付く。アンドレスに訪れる奇蹟が、彼の境遇、いや運命を変えられるほど偉大なものではない点に。

 アンドレスは、パリに不法滞在する孤独で宿無しの中年だ。希望だとか、生きる目的だとかは、とうの昔に失っている。死を迎えるまでのわずかな期間、彼の身に色々な奇蹟が訪れる。奇蹟によって金は何度か手に入る。ところがそれは、短い間の飲み食いで消えてしまう程度の額でしかない。もしも身の不幸を嘆く者であったなら、はかなく消える束の間の幸運など、かえって拷問に等しい。アンドレスはそういう人間じゃないから、作中では金、すなわち奇蹟が失われても、悲壮感などまるでない。しかしだ。不運な境遇にある人の元に、それを変えられない程度の幸せが連続して舞い込んでは過ぎ去っていくのを傍で眺めていると、胸締め付けられる悲しみを覚える。なぜ幸せなままでいられないのか。あといくらも残っていない命なのに。酷いとしか言えない。おそらく、その奇蹟の酷さが印象に残ったのだろう。

 もちろん、酷さだけがこの物語を記憶し続けた理由ではないと、薄々ながら分かっている。それなら他は何かともう一度、思いを凝らしてみると、やはりアンドレスが幸せな死を迎えたからという答えにたどり着く。死の間際に、アンドレスは小さなわだかまりを解消し、天に召される。その様が、あんまりにも羨ましく、切ない。思い残すことなく、満ち足りた心でこの世を去れる人間なんて、どれだけいるだろうか。作者の締めくくりの言葉も心にしみる。世間的に見れば不幸な人生だった主人公が、満足しながら死んだという結末が美しい。人の幸不幸は、当人が決めることではないか。してみると、アンドレスは幸せな男だったという訳だ。 

 

 
 余談。小さなテレーズと言えば、たしかマザーテレサの名前はその小さなテレーズに由来していたと思う。

 

 

 

 

 

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